ゆく年くる年 (全民放103社同時生中継 1985年12月31日) |
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1985年の「ゆく年くる年」は、全民放103社(当時)で同一映像を放送する 番組の中で、加山さんは吉田松陰に扮した菅原文太さんと対談しました。 |
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たのも〜う!菅原文太殿ではござらぬか。ちょっと上がらしていただいていいですか? 菅原)そこは壁、入り口はここ。 壁って言ったって何もここ無いじゃないですか、こっち?じゃあこっから上がりますよ。 菅原)ドアを閉めて! 自動ドア!はい、お年賀をどうぞ! |
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菅原)これがなにより。 しかしですねえ、文太殿はここで、この狭いところで正月早々何をなさっとるんですかな? 菅原)何をしてると思う?その前に誰かに似てないかな? もしや貴方は、吉田松陰殿では? 菅原)その通り!幼名吉田寅次郎、寅年生まれ。 この人ね、ゆく年くる年出るって言ったら吉田松陰やらせろ!やらせろってうるさくてしょうがなかったんですよ。 菅原)よし、ここは真面目に行こう。(やおら座りなおして正座する文太さん)けんぴょうひげにあり・・・つまりこの狭い獄中から、吉田松陰は日本のきた道ゆく道を見通していたわけじゃ。わかるかな? こんな狭いところから広い天地が見えますかね?だって僕は船でいつも大海原に出てね、大きな海を見て、大きな気持ちになって大きな気持ちで仕事をしてるわけですよ。 |
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菅原)居るじゃないか! 居るってどこに?誰がいますか? 菅原)松尾芭蕉!荒海や・・・(「佐渡に」と助け舟を出す加山さん)佐渡に横とう天の川。 押され気味だなあ。巨大の良さをお見せしたいと思うんですよ、いいかな。セーノ!なんかよくわからないなあ。これ我が家のお弁当。どかべんです。 菅原)やめなさい、体に悪いからこれにしなさい。 |
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こりゃあ、なんですか?こりゃあわかった。盆栽でしょ、哀相ですよ、10mぐらい大きくなる松をあんなに小さく縮めちゃうなんて。これ気の毒でしょう。 菅原)つまりね、それは良し悪しは別にして広大な自然を小さな鉢に凝縮した、いわゆる縮みの極みということさ。 でも可哀相だから、僕は花咲かしちゃおう。花を咲かせろ!ホラ、この方が華やかでいいんじゃないですか? 菅原)松に花は無い!松には坊主! 何の話をしてるんですかね。 |
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菅原)つまりだね、日本人はこの部屋ぐらいのコンピューターをあの梅干弁当ぐらいにしてしまった。日本の伝統というか日本の特質を・・・。 わかった!つまり貴方は縮みの文化って言いたいんでしょ。しかし僕は物理をやっててわかるんですがこの大空の世界の、宇宙の中の、大きさの力関係とこの原子の世界の力関係は全く同じだということをわかります。 菅原)わかった!・・あまりわからない。
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大きい世界と小さい世界は同じで大きい世界を見てりゃあ小さい世界が見えるということでございます。 菅原)だから、小さい世界から大きい世界を見通してみる。 僕は大きい世界から、同じですよ、結局。(握手をする二人) 菅原)よし、じゃあ一献設けるよう。
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乾杯といきましょう。あっこれ本当の酒だ!?こりゃあまずいよ。酔っ払っちゃうもんね。しらないよ。 菅原)ところで加山くん!。 何でござる? 菅原)俺は船に乗ると酔うんだよ。 妙な吉田松陰だね、はっはっは。菅原文太さんでした。
約8分間のコーナーは終了。 |
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2015年01月01日新設
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