画集T すべて愛なんだ 
ぼくが絵を描くワケ

音楽と同じように自分を表現するもう一つの手段

”絵”がボクの中で大きな位置を占めるきっかけになったのは、小学校一年生の通信簿の中で音楽と絵に”優”をもらった事なんだ。
絵の展覧会があると、お袋の似顔絵や校舎とか描いて必ず張り出されていたんだよね。
生物の授業で、顕微鏡の中を覗きながら克明に描写した絵を「教員室に飾りたいから」って額に入れて飾られた事もあったんだよ。
油彩「水を汲む女たち」15号 

”三つ子の魂百まで”じゃないけど、自分の好きでやった事が褒められると、やっぱり人間はうれしいよね。
それがきっかけでボクの「絵が得意」「音楽が得意」っていう事に結び付いているんだなってヒシヒシと感じるんだ。
その後、音楽は大学卒業と同時に世に出たけど、絵の方は六十歳を迎える直前の今、認められるかどうかっていうところに差しかかっている。
ボクとしては絵は音楽と同じくらい大好きだったし、音楽と同じように自分を表現するもう一つの手段だと感じているんだよ。
若い人たちにウケる音楽を表現するには、やはり若いうちのが良いと思うんだけど、絵に関しては年齢を超越して歳を経てからでも若い感性の絵は描けるし、人生経験がそのまま絵の幅を広げる気がするんだ。だからボクにとっての絵は”老後の趣味”を超える”生きがい”であると考えているんだ。

物心ついた時から海と親しんで来て、戦後の物のない時代も、自分で作った船で”えぼし岩”まで行って潜るとサザエやアワビや伊勢エビが取れたし、地引き網のお手伝いをすればバケツに半分くらいアジをもらって来てお袋に喜ばれたり・・・。
今はそんな事とても出来ないけど、昔は本当に自由だったね。
また、楽しい思い出ばかりじゃなくて、オヤジに殴られて家出した時にも、ボクの行き場所は浜辺だった。
(右は油彩「ある引き潮」6号)
暗い海に座っていると、お袋が握り飯を持ってなぐさめに来てくれたんだよ。麦茶のあったかいのを飲みながらオカカのおにぎりを六個も食って、波のゴウゴウいう音を聞きながらお袋と語り合ったりね。
ボクの思い出の中にある楽しみ、幸せ、すべてがある場所が海だったし、その大きかった恩恵に対するボクの愛情がどんどんエスカレートして、船を作ったり、海を描くようになったんじゃないかって思うんだ。
”母なる海”っていう言葉があるけど、ボクにとって海はまさに母に対する郷愁のような感情を抱かせる存在になってしまっているというか・・・。
もともと生命の祖先は海から発生して、それが進化して現在の我々が存在しているんだから”母”という思いで海を見つめるのは、自然の理にかなっているのかもしれないね。
山(自然)
ボクと山を結びつけたものはスキー。五歳の頃からスキーを始めて、高校時代に国体の予選に出場、大学時代に初めて国体に出場して、スキーは青春時代の大きな思い出の一ページになっているわけですよ。
(右は油彩「山と湖」32X23.5)
あの頃に白銀のシビアな世界で自分をさらけだして体力と精神力を試した経験が、自分のその後の人生において「健康ほど大切なものはないんだ」って言わしめる原点にあったなと。それを教えてくれた大自然に、畏敬の念を持って接する気持ちが、ボクに山を描かせるんでしょうね。
動 物
”光進丸”第一号が江ノ島に停泊していた時、毎日そこから撮影所に通っていたんだ。時々、帰りに橋を渡ると猫の泣き声がする事があってね。
そのまま通り過ぎる事ができなくて、つい降りて拾っちゃうんだよ。だから船の中で捨て犬や捨て猫が何匹も共同生活して
いたことがあってね。(笑)
ずっと動物と生活していたから、見ているとどんな時にどんな動作をするとか、その動物の特性や得手、
不得手が自然と分かるようになったんだ。
デッサン「ゴンタ、ロッキー、ミミ、ポポ、アインシュタイン」29X41
結局ボクは”ペット”じゃなく、”人間も犬も猫も同じ動物である”という視点で彼らを見ているんだ。今も家にチャッピーっていう猫がいるんだけど、この猫がオレが夜中にお腹が空いて台所に行くと、必ずいっしょになってコソコソやりだすんだよ。(笑)
「お前も夜食が食いたいのか?」って聞くと「にゃあ」って返事したりね(笑)。会話する事はできないけど、今この瞬間も息をして、同じ生命体としてここに存在している。そう考えると、動物っていうのは、一番身近にある自然であり、とても愛くるしい存在なんだよね。
人 物
海が大シケになって港に入っている時、絵を描くのが最高の暇つぶしだった。誰かがテーマを出して絵を描くんだけど、その時にボクの描く似顔絵が似ているって好評でね。船員仲間に「描いてくださいよ」って言われてよくスケッチしていたわけ。
似顔絵は、その人の事を思いながら描くと自然と似てくるものだし、その人の事を考えている時間がとても楽しいんだ。
(左は「親友と愛犬・龍とケン太」38.5X31)
今まで描いた人は、芸能界で三人、和田アキ子はデビューした時から「アッコ」「お兄ちゃん」って呼び合う仲だし、武田鉄矢はオレと誕生日が一緒っていうので親しみがあった人。森繁久弥さんはすごく尊敬している人だからどうしても描いてみたかった。
自分の身近な人では親友である造船所の社長。彼は犬がすごく好きな人で、愛犬とのスナップ写真を見て描いた作品を今回の展覧会で飾るんですよ。もちろん本人には内緒で。
その絵を見た時に、彼はどんな顔をするかなとか、いろいろ考えながら描いたんだけど、人から「実際にお会いしたことはないけどとても優しいそうな、、真面目な方なんでしょうね」って言ってくれた時に、ボクはいつの間にか絵の中に彼の人柄まで描き込む事ができたのかなって、とてもうれしくなったんだ。
人間の顔がみんな違うのと同じくらい波にも様々な表情があるんだよね。
同じ波は二度と起きない。前に起きた波の大きさによって残っていた泡の量もぜんぜん違うし、風の向きによって斜めに押し寄せて来る波もあれば、真っすぐ来る波もある。後ろから追われて来る波もあれば、逆にこっちから送り返されるようになって非常に素直にキレイな波になって来るヤツもある。
油彩「北風に」30号
本当にいろんな表情を見せてくれるんだ。
それだけに、波を描くのは非常に難しい。”飛沫(しぶき)”の表現も、ダンゴ状になって飛んでいくものもあれば、細かくなって風に乗って散っていく霧のようなものとか、いろいろあるからね。
波がどんな表情をしているか、ボクは船に乗りながらより近くで体感しているだけに、「波を描かせたら右に出るヤツはいない」って言わせるくらい描けるようになりたいね。
「すべて愛なんだ」の絵と加山さんでお楽しみください。
水彩「アルハンブラ宮殿」27X37
油彩「ホブロスを偲んで」25号
油彩「娘」10号
油彩「森繁久弥さん」6号

09年01月01日新設