スペシャル・ジャズナイト レポート
     (2007/12/24 スィート・ベイジル) 
        

今年は仕事の都合で鑑賞出来なかったクリスマス・イブ恒例のライブ。
今回は東京のカヤマニアのSさんからレポートが届きました。
加山さんと日野さんのトークを中心にお楽しみください。
トークの中で映画「さらばモスクワ愚連隊」の話題が出てましたので、スナップを掲載しました。
元ジャズピアニスト役の加山さんをお楽しみください。

日野クィンテットがご機嫌なナンバー(クレイジー・ドライビングも演奏してくれました)を演奏してくれたあと
「旅人よ」で加山さんの登場です

歌い終えて)
メリークリスマス!
最初の曲と2番目の曲は自分で作ったの?
・・・そう。
なんで考えるの、ちょっと間があったね。
そういう質問がくるとは思ってないから
何を喋るなんて、打ち合わせなんて何もないからね。音楽的には優れてるよ。(ドラムの和丸さんが16歳ということで)
16歳ってすごいね、沖縄か?
親父さんが俺のファンって本当?
あとで写真撮って親父さんに送ろう、すぐ写真にサインするから。
今年で5年目か?今年最後かな?
二人展、疲れます。
そんな疲れるほどのもの描いてないでしょう。
名古屋で羽子板の木をいっぱい買ってきたらしいの。
言っちゃだめ、みんな欲しがるから。
それになんか描いてるの。
目立つんだよね、何かわからないけど
自分でもわからない
ところどころ、あっなるほどというところがある。
加山さんの日本語もところどころ・・・。

今年は私は特別な年なんですよ。
70歳!
思ったより若いよ
昔は70歳って、ヨボヨボだと思ったんだけど、そう感じないんだよね。
今年の7月の25日に新しいアルバムを出したの。オリコンのチャートに載ったんだ。
珍しいですね。

元ジャズピアニスト役

珍しいだろ。
俺は70歳になって、アルバムでオリコンに入るなんて歴史上いないだろうと思ってたら、いたんだよ。

誰?
左僕全が!「老人と少年のポルカ」だよ。
ズビズバ〜、パパパヤア!
あの方があの時に75歳だってよ。あと5年経ってよ、俺がズビズバ〜、君がパパパヤア!
いちトランペッターとして参加しますよ。

今日はクリスマス・イブだよ。
イブってわかる?明日が本当のクリスマスだよ

そんなのわかってますよ。
クリスマスってどういう意味かわかってる?
苦しむんでしょ?
全然受けないじゃないかよ。
いいよもう!だからクリスマス・ソングやろう!
さっき言ってくださいよ、自分で作曲した曲だって!
言ってくださいって、覚えてないだろ。
覚えてますよ、僕が言っちゃうとまずいなあと思って
僕が今出てくる前の曲、実は僕が作曲した曲で「クレージ・ドライビング」なんです。
すごいんですよね。
そういうの好きだから作ってたら白木さんに認められたんじゃない。
早くやろうよ、なんだっけ、なんでもいいや、

共演は黒沢年男さんと野際陽子さん

「レット・イット・スノー」に続いて
「アメイジング・グレース」を歌って

この曲物凄く好きなんですけど、なぜ好きなのかちょっと説明させてください。
これを船乗りが作ったと聞いてビックリしちゃって。
船乗りがあるとき時化にあって、ダメだと思って神様に祈ったら無事に帰ってこられたんですね。
神に対する感謝の気持ちを込めて、この曲を作って後にその船乗りが牧師になるんです。
そして教会で歌うんですが、これは賛美歌でもないんですが、クリスマスに歌いたくなった。

ここで急に英語でサンフランシスコでの思い出を喋る加山さん。
終って日本語で内容を
サンフランシスコで思い出すことがあって、コカコーラの社長さんと初めてのゴルフを一緒に、コースを廻ったんです。
裸足で廻ったんですけど、スコアがなんと一番最初にやって88だったんです。
とにかく穴の中に入れればいいんだとばっかり考えてやってたら、そういうスコアになったんですけど。
そしたら社長が怒り出しちゃって。
”すごい嘘つきだ、絶対初めてでそんなスコアが出るはずが無い”って怒っちゃった。
確かにコースに出るのは初めてなんですけど、練習は実はしてたんです。ハワイでスクールに入ってちゃんと習ってたんです。
だもんだから本当に調子よく行って、
嬉しかったです。
という思い出があるんでこの歌を歌おうと思います。

「思い出のサンフランシスコ」
バースが雰囲気を醸し出してました。
そして「明日にかける橋」を気持ちよさそうに歌いあげました。

雰囲気が違うね!自分で歌っていても、なんかジャズってる気がする。
すごいですよね、
何がすごいの?
「思い出のサンフランシスコ」を聴いてて、普通歌えないですよ。英語が上手いでしょ、スィングするというか、年々声が出てきてますね、(会場からも拍手が)
ありがとうございます。僕の歌はともかくとして貴方のペットがいい。

英語を披露

カーネギーホールで英語喋ったんでしょ
スクリプトがあってそれを覚えたんだよ。
とカーネギーでの挨拶を一説披露。
覚えたから言えるんだよ!
アメリカに住んでるんでしょ
自分だって奥さんアメリカ人じゃん
学校行ってないから
学校行ってなくても・・・。

日本語でも地方へ行くと訛ってたり。
この前、小坂市という所へ行ったの。秋田の6,000人しか町の人いないの。
日本一古い歴史のある小屋があるんです。
600人くらい入るところで2回やったんですよ、満杯になったんです。
ということは町の20%の人がきちゃった。
この辺来たら訛って喋るしかないって思って
”今日はいそがしいとこ来てくれてありがとね、ほんとに。今日は特別に、空港降りてから1時間かかったから!”
(加山さんの流暢な東北弁のアクセントがうまく文面で表現できなくてすみません)
そしたら地元の人達が「よくいらっしゃいました」って。
帰りに若い人から
いやあ、加山さんの津軽弁はネイティブです”
ってお墨付きをもらった。
”◎+#○&▲%?▽・・・”
(突然何かを喋りだす加山さん、ロシア語のようです。)
今のロシア語をロシア人に喋ったら”お〜っ”って
昔ジャズピアニストの役をやったの。
五木寛之さんの
なんだったか忘れた
会場から「さらばモスクワ愚連隊」と声がかかる。
そうそう!そこで喋った言葉なの。
だからスクリプトで覚えると、古いことっていうのは忘れないもんだねえ、40年くらい前だもんねえ。
でも奥さんがアメリカ人なのに喋れないというのはどういうわけなんだろうねえ、どういう会話してるわけ
目と目で
・・・。

客席の森口博子さんを見ながら)
今日は美しいビーナスがきてるから

「美しいビーナス」
ホワイト・クリスマス」〜「君といつまでも」
若大将!と声がかかります。
ここで一度退場、アンコールが起こります。

こちらはロシア語。

どうもありがとうございます。
素晴らしい演奏の邪魔ばっかりしてるような気がしてね
あとで楽屋行ったら反対のこと言うのに
そんなこと言ったことないじゃん!1回くらい言ったか
覚えてない、昨日の事も忘れてるのに、何やる?
ピアノのイントロが流れてきて
「マイ・ウェイ」

今日は仕事だから涙をこらえてたけど、客席で観てたら涙が落ちてきたと思う。泣いてたと思う。
僕と大分年が違うけど、こういう歳の取り方をしたいなあって本当に思う。ピアノ一人で弾いてみてよ。
俺がピアノ弾いたらクラシックになっちゃうよ

「ブレーブ・ニュー・ワールド」
続けて
夜空を仰いで」
「オン・ザ・サニー・サイド・ストリート」
今年も途中からサッチモ風に歌う加山さんに会場は大盛り上がり!
会場大喝采のうちに加山さんは退場されました。

見事なピアノ演奏(ジャズ)を2度披露されてます。
日野さんの挨拶

本日は誠にありがとうございました。この三日間素晴らしいお客様に恵まれました。
本当に幸せなときを過ごさせていただいて本当に光栄でございます。
それにしてもゲストの皆さん達。素晴らしいエネルギーと希望に満ちて夢を与えてくださったと感謝しております。
そしてこの店が9年目に入りまして今後も音楽文化の殿堂として益々栄えて、ここからいろんな大スターが生まれてくることを祈っています。
一年間早かったし、いろいろありましたけど。
短いということと常に前向きにポジティブに嫌なことを忘れて、明日があるわけですから。
明日に向かって過去をどんどん、いい過去は残していいから悪い過去を忘れていくように。
昨日の事は忘れちゃいますけど、それは頭の脳みその問題でして、自分に必要じゃないと思ったものは忘れています。
神、仏、宇宙、兄弟、親戚、友人みんなに助けられています。
子供達の育ち方、考え方が問題になってきていると思います。
僕達も学校に行って演奏すると子供達は感性が大人の何倍もあるなっていつも感じます。
先生達や親達が知らないだけで、それを過去に連れ込もうとする現代社会ですから子供達が本当に心配でございます。
やりたいことをやらせて、そこからスペシャリストが出るようになったら、いいなあと思いますけどね。
来年が皆様にとって素晴らしい年でありますように、そして世界が平和になってガソリン代が安くなるように、そのうちにトイレットペーパーが値上がりするんですから、怖いですよ

メンバー紹介のあと「ホワイト・クリスマス」

そして素晴らしい涙を誘わせてくれた大スター、大歌手、画壇の画商じゃない、作家で右脳と左脳が両方持って。
悔しいですよね、僕なんかは右脳しかないですから
(鮮やかに光るアクセサリーを身に付けて、最前列に座っていたカヤマニアに向かって)
ところで加山さんの追っかけの軍団はいつもそんな格好してるの?。
僕のお客さんはまじめですから・・・。
これで終わります。ありがとうございました。

平成20年02月21日新規作成