加山雄三 俺は100歳まで生きると決めた
  (文化放送podcast 2023年7月18日〜)

7月18日に文化放送の「くにまる食堂」で放送された「俺は100(歳)まで生きると
決めた」の内容をレポートします。
同日配信された文化放送Podcastでは、ラジオで未公開の内容も配信されました
ので、その内容も含めてレポートします。下からどうぞ!

今回は「第19回 永遠の名曲 サライ」をレポートします。

下からどうぞ!

 

 第19回 永遠の名曲 サライ
 
 サライ誕生物語
 

野村)リスナーの皆さんご機嫌いかがでしょうか、野村邦丸です。そして、この
   番組のメインパーソナリティは。

加山雄三です。よろしくお願いしたいと思います。

野村)よろしくお願いいたします。10月8日に旅立たれてしまった谷村新司さんと
   加山雄三さんの2人の思い出。もちろん音楽の世界だけではなくて、趣味
   の世界でも、ひと回り下の弟分、谷村新司さんと備前焼き、陶芸をやった
   っていう話がありましたけど、音楽の世界の話でいうと、サライという
   名曲を加山さんと谷村さんがこの世に残してるわけじゃないですか。
   サライの誕生物語ってのはリスナーの皆さんご存知の方多いと思いますが、
   日本テレビの24時間テレビのその企画の一つとして、24時間で以内にその
   24時間テレビのテーマ曲ですよね。これを作ることになった。

それをね最後の時にね、譜面を全国へ配って、みんな地方の人たちに覚えさせて
全員が歌って終わるっていうさ。そういう決まりなんだよ。そんな決まりはあっ
たかねって、感じでさ。そう言われた日にさ、ああ、どうしようって。出来ない
からさ、朝までには作るよってさ。帰っちゃったんだ。しょうがないからさ。
帰って谷村君に電話してさ、こんな感じでいいかなって。いいと思いますねって。
大体詩が出来たら、まとめてくれよ、と。一般の人から募集して、それを彼が
まとめるという話になっていた。それを早くやれと言ったって、それは大変だ
よな。サライなんて名前になって出てきたからさ。サライって何よって、それは、
キャラバンサライってあるじゃないですか。それなんだ?って言ったら移動式の
家っていう意味ですよって。へー!?そんな名前つけていいのか、じゃあ、そう
いう名前にしましょうよっていうからさ。募集でそうなったのかと思ったら、彼
がつけたんだね。

野村)じゃあ、サライという曲は、谷村新司さんが作詞で、作曲が加山雄三さんに
なってるんですよね。だけど、曲のタイトルのサライは谷村さんがつけたんだ。

こんな感じでできましたって、電話で。へーすごいねって言ったんだけど。

野村)ちょっと待ってください。よく曲先詞先とかあります。曲が最初にできて
   そこに詞をつける場合と詞が最初にあって曲をつける場合、サライは詞
   が最初だったんですか?

いや。ほとんど同時なんだよ。

野村)24時間以内だからね。

ほとんど同時にできてるんだけど、詞は俺、分からないからさ、メロディだけを
作っていったんだよ。それをさ、電話で彼に送るじゃない。こんな感じでメロ
ディ大体できてるんだけど、僕もなんとなくできると思いますけどってやってる。
それを最後の方でまとめなきゃなんない。彼はやっぱり天才だと思ったもんね、俺。

野村)今、サライの歌詞を持ってきたんですけど、「遠い夢 捨てきれずにふる
   さとを捨てた 穏やかな春の日差しが揺れる小さな駅舎 別れより悲しみ
   より憧れは強く 寂しさと背中合わせの一人きりの旅立ち。」これを
   加山さんが紡ぎ出したこの曲にこれを見事に当てはめていった。

そうなんだ。見事なもんだね。だからやっぱり俺はちゃんとテーブルをね。中華
料理の作ってやってよかったなと思って。

野村)前に伺った、谷村さんが加山さんのお宅に初めて来た時に中華が食べたいと
   チンペイが言ってるんだったらって言うんで料理を作るのは、もうお手の
   もんだけど、そうじゃないと、くるくる回るテーブルから手作りで作った
   っていう。

それもね。8人掛けと6人掛け2通り作った。

野村)どうでした、サライという曲名がついて、加山さんが紡いでいった、この
   メロディにチンペイさんの詞がどんどん当てはまっていくわけですよね。
   これ2人で一緒に曲合わせはできたんですか?

できるもんだよ。やってみればね。それで例えばワンコーラスの頭だけでいい
けど、メロディーをさ。大体こういう感じでって言ってた時にすぐCができる
から。おー早いなと思って、それで、その翌日になってさ、こんな感じでいい
かねって言って。大体まとまったところで俺が歌ってみるわけよ。そしたら
もういいんじゃないですかって。それでもうOKだから。2人でOK出したら
いいよな。じゃあ、これで行こうって。そのまま全部24時間以内に全国へ配っ
て俺はスコア全部書くからって。それで全部全国に配って、大団円を最後に
みんなでやろうって言った時にみんなで歌ったんだから。

野村)リスナーの皆さんも24時間テレビのエンディングで武道館だけじゃなくて、
その時は全国に歌詞、それからスコアですね。楽譜を配って、全国の中継
でこのサライを歌う。

そういうこと。

 武道館で歌った「サライ」
 

野村)日本テレビは無茶振りですよね。

もうめっちゃくちゃやったけど、でもやっぱり無理してでもない、苦労してでも、
やっぱりできるもんだなと。思ってやれば。

野村)加山さんね。私も24時間テレビはいつも見てるわけじゃないんですけど、
   でもエンディングは見たいじゃないですか。

そりゃそうだな。

野村)やっぱり一番最後に加山さんと谷村さんが二人で武道館のステージで
   歌ってて、一番最後の歌詞で「まぶた閉じれば浮かぶ景色が 迷い
   ながら いつか帰る 愛のふるさと 桜吹雪のさらいの空へ いつか
   帰る いつか帰る きっと帰るから」。

本当に不思議な詞だよ。彼のこれはね。本当にやっぱまとめがうまい。

野村)震えますね。

本当だよ。だから、いやー大したもんだなと。それこそね。これ24時間以内
に書いたんだよ。これ全部できた時にさ。みんな配って、みんな最後に歌っ
たんだよ。それで大成功に終わったからさ。それから毎年終わりに、マラソン
で走ってる時から流れてくる。

野村)武道館に向かってね。24時間マラソンの毎年のランナーたちが向かって
   走ってくる。ステージ上では加山さんと谷村さんが歌ってる。その時に
   一番最初の無茶振りがあって、24時間で作って「サライ」を歌った時、
   あの武道館の大ステージで加山さんどんな気持ちでした?

どんな気持ちって、よくできたよなと思ったもんな。大したもんだなと思って
さ、やれば出来るんだよなって気持ちだよね。それとよくまとまった。本当に
よくまとまったと思う。それから、毎年のように、出てくると、本当にこれ
作っておいてよかったなと思うよね。全然別のステージで。例えば「夏 長崎
から」出た時に。

野村)さださんのコンサート。

あれ10年間通ったからね。俺と二人といえばって、さだ君が言うわけだよ。
この曲がやるでしょって言って、もう始まるわけや。本当「サライ」が始まる
わけだよ。本当2人で肩組んでると、お客さんもみんな肩組んで。それはもう
感動的だよ。それも映像に残ってるから、それを見るとさ、いやー、こんな
時代あったんだよな、おいチンペイ、お前先に逝くなんてバカな、って気持ち
があるわね。

野村)くにまる食堂で谷村新司ラジオデイズを流して、あの時に加山さんにお
   電話でご登場いただいて「サライ」という曲は元歌は加山雄三、谷村
   新司です。ただもう加山さんはね、大勢の人の前で歌うことはもう一応
   ピリオド打ちましたけど谷村さんが天に召されてしまいました。だから
   大きなコンサート会場で2人が揃って歌う姿っていうのは生で見ることは
   できないけど、曲は残ってるし、若大将、加山さんがおっしゃったのは、
   おい、いつか俺もそっちに行くから一緒に歌おうなっておっしゃって
   ました。

お前早すぎんだよ。ちょっと待てよって同じ干支で一回り下なんだから先に
逝くな、順序、逆だろうって思うもんな。

野村)今日はこの辺でお時間になりましたんで。

そうですか。ごきげんよう。

野村)永遠の若大将、加山雄三。俺は100まで生きると決めた。
   次回もお楽しみに。

ここまでの内容を音源でお楽しみください。(時間 12分46秒)
下からどうぞ。

 第19回 永遠の名曲 サライ
 

2025年4月24?日新規作成