週刊朝日 インタビュー
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2月25日号
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このレポートを掲載するにあたり製作者の方に無断で表紙の写真や加山さんの写真を使用することについて関係者の方々に謝罪いたします。
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最初の頁は加山さんの紹介から。 |
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ピアノは小学校の5年生から中学2年ぐらいまで習ってたんですけど、好きなことしかやらなくてね。チェルニーやらハノンやら練習曲なんてのは全然やる気ないから、先生を不機嫌にさせてました。 |
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昔、生意気にも自分で英語の詩をつけた曲をつくって、それを映画の中で使おうと思ったんですよ。そしたら、プロデューサーに「英語じゃしょうがねンだよ」って言われちゃって、それを訳詩してもらうことになって、岩谷さんにお願いしたらとてもいい詞ができあがって、そこからです。黙って僕が音をお渡しすると、感じたとおりの詞を書いてくださるんですよ。 |
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確かに船が支えになったというのはありますね。もちろん抵当に取られたんだけど、国税局に行って、「船は動かさないとダメになっちゃうんで、競売にかけても高い値段で売れませんよ。そちらで動かしてメンテナンスやってくれますか」「そんなことはできない」「じゃあ、メンテナンスのつもりでわれわれが動かします。よろしいですか」「まあ、しょうがないでしょう」って、赤紙の上にサメの写真を張っつけて、そのまま乗っちゃいました。
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下の娘が高校生の時はちょっと悩みました。僕らが寝たと思って、夜中にそっと抜け出すときがあって。それを見たときは胸が痛くてね。怒鳴りつけたらえらいことになるし、どうしようと思って・・・。
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子供に目が届かなかったり、人にまかせたり、そういうことは僕らは絶対にやめよう、20歳になるまでは親の責任だから、ということで育てましたね。子供たちがみんないい子に育ったということだけは、僕ら自信持って言えます。 |
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林マリコ「凱旋門でずっと待っていたら、奥様が現れて、二人で抱き合ったってお話ですよね」
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林マリコ「きゃ−、ロマンチック!」
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ただ僕も若いころは女に突っ走っていく勢いがありましたよ。女房にはえらく苦労をかけたなと思うんだけど、すごいのは、お膳立てを女房が先にしてしまうんですよ。事務所でマネージャーが「フィリピン旅行、5人分のチケットとれましたから」と言うんです。僕が「え?」と言ったら「あ、これは言っちゃいけなかったのかな。5日間のフィリピン旅行の手配を奥さんに頼まれたんで」って。
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林マリコ「加山さんの幸せは、聡明な奥様とご一緒になられたことが大きいんじゃありません?」
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05年03月03日新設
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