その時に音楽をやる環境にあったんですか?
小学校5年くらいからピアノを習いはじめたんだけど、どうしても習いたいと。ところが先生の言う通りにはやらないから。
先生が”来週までにこれを勉強してきなさい”と言っても全然さらわないでほかの事ばっかやってた。
でその内に自分でピアノを弾いてる時に、訳の分からないのを弾いているんですよ。だけどこれが聴いたことないんだな。
それを弾いてたら親父が後ろで黙って立ってて、弾き終わったら
”それはなんだい?”って言うから
”これは俺が作ったんだ”って言ったら
”それは凄いね”って、その言葉が大きいですね。
音楽の環境がね、親父は一生懸命クラシックの曲を学生時代からいっぱい集めてた。オーディオもあったしそれを聴いて育ったから、音人間になったんだなぁと思いますけど。
恵まれた環境だったんですね。
そう、音的には非常に恵まれてたと思う。
お袋のほうは和樂・・・。小唄、三味線
邦楽ですか?
和楽とは言わねえか?
邦楽。踊りもやったり、あとは流行歌とか演歌だよね。そういうのが非常に好きでそういうレコードを集めてた。
和風なものと洋風なものの間に育っ妙な音楽になった。
そこから加山サウンドが出てくるんですね。その処女作というのは?
「夜空の星」になったの、のちのち。
僕らの知ってる「夜空の星」ですか?クラシックぽっかったんですか?
あれはだからピアノで弾けばわかるけど、サビの部分って全然違うんですよ。左手は♪トンタントンタン♪って弾きながら
♪ティタタッタッタ♪ってメロディーでサビなんか
♪チャララァラアラ、デュダァダダダァ♪ってソナチネかバイエルかというような曲として作ってあったんですよ。(「北風に」のイントロによく似た感じでした)
(他にもあって)10曲ぐらいあったんですよ。
「君といつまでも」をレコーディングするときにB面の曲がなかった。なんかないかって言われた時に、改めて作るのは面倒臭いと思ってデモテープを出したら、いいけどサビの部分を変えようということで、ラテンコードでいったらいいかもしれないなって。
やってみたらあのメロディーになった。それを渡したら編曲をエレキの連中がやったからまるで違う雰囲気になって、あ〜こういう風になるのかって。
それが僕らの知ってるあの歌になるんですか、へえ〜! |
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