新栄トークジャンボリー      
(CBCラジオ 6月11日7:00〜11:55)      

 6月11日に放送された「新栄トークジャンボリー」で加山さんが
 お話された内容を紹介します。パーソナリティーは小堀さん。

第1部 

BGM 「君といつまでも」

小堀)この時間のスペシャルゲストですが、前回、傘寿、この方が80(歳)!?インタビュー
させていただきました。大変な反響をいただきました。前回に引き続き加山雄三さんです。
よろしくお願いします

よろしくお願いします。すいません、80(歳)で。あんまり自分で思ってないので。

小堀)皆さん、こうありたい!という。加山さんがよく仰ってるのは、いい音楽と言うのは、
   国境も年代も。全部超えてずっと愛されていく

その通りだと思うんですね。

小堀)まさに、それを今、生きている伝説の人が体現してるのがすごいですね。

生きてるうちに「生誕80周年」ってね。あれは亡くなった方が「生誕」って言うんだって文句
言ったけど、生誕には間違いないってなって。ウチの若い連中は敬老の精神がまったくないんだ。

小堀)加山さんは、敬老と言う言葉が似合わないですね。

それはわかってます。

小堀)むしろ軟弱な足腰の弱い若者に譲ってくださいと、言いたいくらいですけどね。
   「ゴー!ゴー!若大将フェスティバル」が来週ありますが、17日に参加メンバーが一つ
   決まったようですね?

そうです、andmoreが氣志團に決まりました。

小堀)氣志團ですか!?

だから、えらいことなってね。俺もあれやろうと思っても出来ないから。

小堀)紅白で裸に見える衣装で怒られた人たちですから。

怒られる人、けっこう居るんだな。

小堀)モモイロクローバーZとか、水曜日のカンパネラとかって見ていったら・・・。

体加山雄三の新世界」というアルバムのメンバーが出てくれるんです。

小堀)ということは、その再現もあるかもしれない?

そう、ほとんど再現ですね。「ももクロ」ちゃんたちは、「蒼い星くず」をラップってくれ
ちゃったじゃないですか!?あれを、エレキ持ってやると思うんですよ。その時だけ、みんな
エレキを持って。エレキが重いだけじゃなくて内容もヘビー。

小堀)あと「水曜日のカンパネラ」は?

彼女はね、驚いたのは、「海 その愛」をね、いきなりアカペラで♪うみに〜♪って出た
じゃないですか!?それ聴いて、あ〜あっ!?これしかにないな!っていうくらい、海で歌う
時って、伴奏無いじゃないですか?楽器持って海に行くと潮でダメになっちゃうでしょう?
あっ、そうきたか!?と。

小堀)絵が広がりますもんね。

聴きながら想像するんだね。最後の方に、ものすごい勢いでまとめていってるじゃないですか。
この人すごいや!と思ったな。

小堀)ミュージシャンの人もすごいなと思うんだけど、加山雄三さんの求心力、ブラックホールの
   ようにどんどん吸い込んでくじゃないですか!?

協力してくれるって有難いなとつくづく思うな。現役感を出せるもんな。

小堀)18日は、加山雄三演歌ワールドを聴きたいと思う人はすごく居ると思うし。

昔ね、光進丸で演歌ばっかり歌ってたんで、どれがbPになってるかって、実はケネディハウスで
毎月やってたんです。これが大受けだったのね。

いつの間にか、消えちゃったけど。その当時、作った曲があって。僕自身、演歌大好き人間としては
まあまあ、いい出来じゃないかな?と。それを聴いていただいて。やりましょうか、ってなって。
だから、初めて演歌の方とコラボレーションするっていうか。

小堀)ちょっと想像つかないかなと思うけど、すごいと思うし、あとシークレットゲストもきっと
   ビッグな方がね。

南こうせつ君もね、一番最初に、お風呂に入っていたら♪アイ、ラブユー♪って、いきなり出て
きたって。「恋は紅いバラ」を聴いてビックリして加山雄三を知ったんですという話をしてたん
ですけど。ウチのカミさんが彼の大ファンなんですよ。彼が出てると必ずチャンネル合わせるん
ですよ。彼は「ヤンチャーズ」で「ロンリーハーツ親父バンド」を一緒にやってくれたから、そう
いう意味では、いろんなところでコラボってるから。今度、何をコラボろうか?って考えてるしね。

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○ 「ロンリーハーツ親父バンド」

小堀)こうやってくるとね、加山雄三さんが真ん中に居て、さだまさしさん、ひめ風があって、
   ももいろクローバーZとか、ヒップホップの皆さんとか。ふと、僕、思ったんですけど
   加山さんて終戦の時って8歳ぐらい?。

戦前に生まれて、戦中を過ごして、戦後の飢餓の時代を乗り越えて。

小堀)そんなイメージが全然無いんです。

別にイメージは、(言わなくても?)いいですよ、はっはっは。

小堀)疎開とか、されてたんですか?

疎開しましたよ。信越線の赤倉というところの駅前の馬小屋で寝た覚えがあるんだな。上の観光
ホテルとか旅館まで上がっていく時間が無くて。なぜかっていうと、列車が遅れたの。途中で
停まっちゃったんですよ。全然、動かなくなっちゃった。前を走ってた列車が機銃掃射を
くらって、大勢の人が亡くなった。それで、着くのが遅くなって。馬小屋で寝たんです。麦藁の
中で寝た記憶があるんだよね。すごい時代ですよね、やっぱ。ご飯も中に大豆とかが混ざってるん
ですよ、麦飯で。それでも食べられるということが有難いという時代ですからね。

小堀)それで、ドカベンの若大将みたいに。

飢餓の中で育ったからものすごい大食らいになっちゃった。

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小堀)デビューされた時から、光り輝く太陽のような存在で・・・。

それはちょっと言い過ぎだと思いますけど。永いこと、お付き合いいただいているということは
感謝以外無いですね。

小堀)ほんとに日本映画の伝説のような方とも、一緒に仕事されてたじゃないですか?
   それなのに、今も若手と最前線で一緒に仕事されてる。これ、すごいですよね。

有難いことじゃないですか!?要するに、時代、時代によって隆盛を極めるとか、いろんなことが
あったりするけれども。僕の場合には、ウチの親父がすごい有名人でね、受けたというのを見てて。
子どもとして見てたんですけど、頂点極めれば落っこってくるのを目の当たりにしてるんですよ。
そうすると、自分が若大将で売れたとしても、いずれ落っこちてくるときはあるんだから、という
気持ちもあって。お金を使って宣伝したんだ、映画会社がそうしたんだということもあったんで。
いつ、落っこちるかわからない、竿の先に乗っけられてる気持ちがあって、覚悟しとこうかなと
いう気持ちで。ずっとこれを続けるつもりは全く無かったんです。若大将やって3年くらい
でしたかね?受けてるんですけど、いつ辞めようかと本気で思ってたんです。

ところが、そこへ登場したのが黒澤明監督ですよねえ。黒澤明監督にお会いした時に、こんな
すごい人が居るんだ、世の中に!?って思うくらいに衝撃を受けたんですよね。なんで衝撃を
受けたのか、自分でもよくわからないんだけど。周りがものすごい恐れおののいている存在
だったんですよね。で、お会いした時に、ニコっと笑って、加山、白紙でいいからな、その一言。
要するに引き出しを持って来るな!と。普通の俳優さんは、役柄によって、自分はこうだと思って
出すじゃないですか!?そういう引き出しは要らないんだという意味だというのは、後でわかるん
ですけど。白紙でいいよって言ったのかな。

小堀)とまどいますよね?

色を塗るのは監督なんだよと言ってくれた人が居て。だけど、最初っからすごいですよ。本読みの
段階から、チョンマゲは結うはね、羽織袴履いて本物の刀を差して、撮影所の中、歩け!そこで
初めて読み合わせをやる

小堀)よく伝説でね?

ほんとなんです、これは。撮影所の中を歩いてるうちに本身の重さで帯が少し傾いてくるとか、
足に当たるのを、感触で覚える。そこまでリアルを追求する人というのは今まで遭遇してない。
ものすごい衝撃を受けたんですよ。

小堀)「椿三十郎」の時は、若侍で。

そこから始まったわけです。それで出来上がった映画がものすごい痛快さ、これこそが映画だと。
黒澤さんは、怖い人っていってたのに怒られたこと無いんですよ、僕は。1回も怒られない。
みんなからビックリされたことがいっぱいあるの。御殿場で撮影があって、ブッシュがある。
本身を抜いてスパーンって切ったら、ものすごい勢いで切れるの。3本ぐらい切ってたら、小道具
さんが飛んできて、何やってるんだ、刃こぼれしたら、どうするんだ!って。その後ろから監督が
来て、その小道具さんの頭を小突いて、余計なことを言うな!小道具さんが怒られて、申し訳ない
なと。あとで小道具さんに、お前はいいよな、ほんとに好かれてるから

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小堀)「赤ひげ」にも出られますが、アイドルのような存在だった加山さんが黒澤作品、どうよ?
   という意地悪な映画ファンも居たわけですよ。お手並み拝見みたいな!?それがすごくよくて
   はまってて。そういうのが積み重なって・・・。

ちゃんと理解をされてたんだと思うんですよね、黒澤さんが。生まれっぱなしのでくの坊が、若侍の
中に入ってればいいやって。その時は、少しは認められたかなと思うんですけど。僕は本番で昼寝
したことがあるんですよ。「椿三十郎」やってる時に、若侍が座っている時に、僕は末席に居たん
ですけど、向こうの方で芝居をしてるのが僕に関係ないところで。ひっかかっちゃてるんですよ。
何遍もやってるんですよ。僕は朝5時半頃起きてサーフィンやって撮影に来てるじゃないですか。
10kwのライトがガンガン当たって暑いのなんのって。用意、スタートの声がだんだん遠くなって
くる。一瞬、わからなくなったと思ったら、いきなり肩を小突かれたんで、ハっと気がついたら
助監督が耳元で、お前、今、寝てたろ?はい、寝てた!?って言ったら黒澤さんがツカツカと来た
から。今度は怒られると思った。加山、眠いのか?はい、眠いです。加山のために30分休憩!お前、
外行って寝てこい!って。それから2時間休憩になっちゃって。陽の当たってる外で寝ようと
思ったら寝られないですよ。

それから黒澤さんが偉大な人にどんどんなっていくんですよ、僕の中で。それで「赤ひげ」に
入っていって。呼ばれた時には、やった〜って思ったんですよ。それで、「赤ひげ」をやってる
内にこの人、ほんとにすごいと思い始めて。主人公の「赤ひげ」が黒澤さんで。「保本登」が
僕にダブっちゃって。「養生所」は撮影所になっちゃって。俺はここで生き残る!
そういう決心をね

小堀)未熟な青年医師が成長していくように。

そういうのが現実の自分とダブったですね。だから、今、在るのは黒澤先生のお蔭なんですよ。

小堀)あれは、いろいろ賞にノミネートされてすごかったですよね?

当時のソ連で、賞を取ってますね。中国にも呼ばれたんですよ。人民大会堂に、ものすごい
メディアの人が来て、いろいろインタビューされたましたし、食事も美味しいんですよね。
ケ小平さんのお抱えのコックさんが作ったんだということを聞いたら、余計美味しくて。
スピルバーグがね、初めて会った時に抱きついて涙流した。それもよくわかるんですよね。

小堀)世界の教科書のような人ですもんね、映画の。

「旅人よ」

 第2部に続く

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2017年10月19日新設