電話取材 加山さんのコメント(24時間テレビ47)
 (日本テレビ 9月1日 午後1時30分頃)

今年の「24時間テレビ47」の谷村新司さんを追悼するコーナーで
「サライ」を取り上げた中で、加山さんのコメントが流されました

(電話取材)。映像での出演はありませんでした。

加山さんのコメント(合計 30秒)が放送された映像を中心に編集
したものを紹介します。

ナレーションは天海祐希さん。

 

徳光)チンペイさんには47年前の24時間テレビに出演いただいた
   わけでありますけれど、74年の人生におきましてまさに盟友
   と言っても過言ではございません。
   加山雄三さんが語ってくださいましたのでごらんください。

昨年10月、谷村新司さんが74年の3生涯に幕を閉じました。生前多く
の方に愛された谷村さん。

谷村さんと言えば名曲の数々。

♪冬の稲妻、昴、サライ

 
 「サライ」誕生(1992年)

そして「サライ」。盟友・加山雄三さんは谷村さんとの関係を
電話取材でこう仰っています。

(自分は)音楽は生涯の親友であるっていうことを言ってた
けど、彼は永遠に親友だと、俺、思ってるぐらいだよ。
加山さん電話の声)

♪サライ

谷村さんにとって人生最大の挑戦、それが「サライ」です。
最大の挑戦が行われたのは1992年の「24時間テレビ」。

放送中に曲を完成させるという前代未聞の試み。集まったFAXは
9000通以上。

谷村)無茶だと思いました。出来るわけがない。疑心暗鬼でスタ
   ートしたんですけども。(「24時間テレビ45」のインタビュー)

それでも引き受けたのは、あの人の存在。

谷村)加山さんと一緒に曲を作れる喜び、それが僕にとっては
   すごく大きかった。(「24時間テレビ45」のインタビュー)

谷村)「サライ」は、ペルシャ語で。砂漠
   で出てくるオアシスとか宿を「サライ」というんですけど、
   イメージとしては「故郷(ふるさと)」に見立てた。
   
(1992年、制作中のコメント)

 

下のタイトルをクリックすると、上記の内容の映像を見ることが出来ます。
(時間 1分30秒)

 「サライ」誕生(1992年)
 
 「サライ その1」

エンディングで初めて「サライ」が歌われました。

♪サライ(映像、1992年の初めてのサライ、2007年欽ちゃん、
     2009年イモトアヤコ、2013年大島美幸 他)

この年から「サライ」は32年間ずっと歌い継がれる曲になりました。

加山さん:自分の分身のようなものだね。みんなが良いと思って
     歌ってくれるのは最高の幸せだよね。
     (「24時間テレビ45」の対談時のコメント)

谷村)最後エンディングで、みんなの声が出た時は鳥肌がたち
   ましたね。(「24時間テレビ45」のインタビュー)

 

下のタイトルをクリックすると、上記の内容の映像を見ることが出来ます。
(時間 1分18秒)

 「サライ その1」
 
 「サライ その2」

そして、おととし盟友・加山さんがコンサート活動引退を発表。
たくさんの人と歌っていた「サライ」。

2人だけで歌いました。

♪サライ

谷村)電話で「谷村と一緒にサライ歌いてぇな」って言ってくれた
   こと、胸がいっぱいになりましたねえ。
   
(「24時間テレビ45」のインタビュー)

♪サクラ吹雪の サライの空へ〜 いつか帰る いつか帰る
きっと帰るから〜

この時流した涙の意味とは?

「加山さん電話の声」あいつは俺に抱きついてさ涙流したから、
そんなに悲しむことはねえんだよと思ってたんだけど。後から
考えたら自分の体のことをして最後やっぱり涙流したんだな。
後で俺はもう声が詰まっちゃったよ。本当に困ったやつだな。

加山さん電話の声)

デビューから51年、ずっと動き続け、歌で人に寄り添ってきた
谷村さん。最後に動いたのは憧れの人のためでした。
なぜ谷村さんは、こんなにも人のために動いたのか?その理由は、
「音楽で人と人の架け橋を作ることが自分の使命、感じて動いた
者だけが感動に出会える。”自ら動いて風になれ”魂を込めて歌を
届ければ聞いてくれた人はきっと心で応えてくれる。音楽を通じて
多くの人から頂いた感動に音楽で報いたい。自ら動いていくこと、
それは音帰し(おんがえし)の旅なのだと。

 

 

下のタイトルをクリックすると、上記の内容の映像を見ることが出来ます。
(時間 2分49秒)

 「サライ その2」

 

2023年9月5日新設